スプンタ・マンユダイアリー 日々について気ままに綴っています。

迷える子羊たちが

おはようございます。
なんだかなんだ言って、だるだるのくせに2日連続記録きたこれ(゚∀゚)
ボニックめんどry…
暇なのです。

さて。
ちゃんちー、3日間、ありがとうございました。
だらだらしすぎて、だらだらしていました。
口癖が、
ばっつげーむ!カメヤマ酵母!
になりそうなんですけど、どうしてくれるの…
ひさしぶりに見た荒木くんは、やっぱりなにかどこか、不思議でした。
眼鏡はやはり眼鏡のうらに、怪しい光を隠していると気づきました。
イジメ、ダメ、ゼッタイ。
でも、元気酵素が無傷だったので、ズボン最強伝説。


スリムクッションスイングと具材と灯油を買って、

彼岸島。
やべえよ!ケンちゃんまじかっこいい!惚れた!
雅様もね、かっこいいんだけどさ、だんだん、白い顔に紅な具合が、バカ殿にry…
しかしかっこよかったです。
石黒くんかっこいい(`・ω・´)
猛烈に石黒くんすきだった時期がありました。
三次元もいけるぜっ←

そしてたこやきして(゚∀゚)
一応勉強ってことでやってたんだけどさー。
眠くなってきた。
1時間半くらいやってたよね?
そしていろいろあった上で、なぜか、なぜかね、ガチオタの話\(^o^)/いみふ
わたしは違いますから!
んで、最終的に、わたしの、
竜ヶ峰帝人でダラーズがどーの
と言ってたらね…デュラ借りに行こうぜ!
どんな活動力かと思ったけど、あって良かったよね(´ω`*)
なかったら死んでたww
アブキューティ 口コミでいーかとか迷い猫ならどこにでもあるとかいんでっくすもれーるがんもねーよとかもうとらドラ?とか言いつつ、見つけたからおっけー(`・ω・´)
夜中にアニメに必死になってるコイツらなにwwwwとか絶対あのおじさんに思われてたww
わたしが持ってたら良かったんだけどねー。
伊達直人的な人が、部屋のドアの前にいろんなアニメやらなんやらのDVDを置いてくれることを祈りますか。とりあえず今、デュラ?ww
結局3まで借りて、2で寝たっていうねww
帝人帝人ってか竜ヶ峰竜ヶ峰言ってたのに、紀田くん紀田くんになってたからねww
臨也すきー渡草さんすきー滝口すきーww
なんか思い出した(`・ω・´)
ちゃんちーがんばって*!
今日見たら終わりな気もしないでもないww
てかTSUTAYAに11ないんだけどww
日記 | 投稿者 スプンタ・マンユ 13:40 | コメント(0)| トラックバック(0)

チャゲ&飛鳥

2月10日、NHKの「SONGS」という番組で飛鳥さんが取り上げられていた。

この度、飛鳥さんはセルフカバーアルバムを発表したとのことなので、その宣伝の意味があるのだろう。

昔うちにあったライブビデオ(大阪城西の丸庭園)の懐かしい映像も流された。

チャゲさんも飛鳥さんも、ルーツは、同郷、福岡の大先輩、井上陽水さん。

札幌からお父さんの仕事の関係で福岡のチャゲさんが通う高校に、飛鳥さんが剣道の特待生として転校してくる。

そして、偶然、同じ大学に進む。

ヤマハポピュラーソングコンテストをきっかけにして、確かヤマハのスタッフの薦めで、2人で一緒に歌う機会が生まれる。

チャゲさんは、飛鳥さんと一緒に歌うなんて全く想像もしてなかったそうだけど、一方の飛鳥さんは、一緒に歌ったらきれいにハモるだろうな、と従前から思っていた、と何かの記事で、昔読んだ覚えが。

チャゲ&飛鳥デビュー10年目くらいで、飛鳥さんは単身ロンドンへ、チャゲさんはマルチマックスというバンドで音楽活動を行う。

飛鳥さんがロンドンから帰ってきて、ソロとして出したシングル
「はじまりはいつも雨」。

僕が大学に通っていた頃だ。

嫁の通っていた大学まで、僕の通っていた大学からチャリンコで20分ほど。

その途中にあった建物に、ある日突然、見覚えのある顔が描かれたでっかい看板が取り付けられていた。

「はじまりはいつも雨
 飛鳥 涼」

この曲が、なんとミリオンセラーだったそうな。しかも飛鳥さん初の。
そんなに売れた曲だとは知らなかった。

ちなみにポプコンでグランプリを取るために作ったデビュー曲「ひとり咲き」は20万枚、3枚目の「万里の河」は50万枚だそうな。

「はじまりはいつも雨」と同じ年に発表された「SAY YES」が282万枚の大ヒット。初のヒットチャート1位を獲得。

その直前に、小田さんの「ラブストーリーは突然に」がめちゃくちゃ売れとったなぁ。

あの頃、人気ドラマ挿入歌であったその2曲をきっかけにしたかのように、CDのミリオンセラーなんてバンバンあったのに、今は、一番売れている「嵐」でも60万枚くらいというから、音楽業界も不景気なのかな。

僕がチャゲあすを聴き始めたのは、ラジオ番組、MBSヤングタウン火曜日のパーソナリティを彼らが当時担当していたのがきっかけ。

同じく金曜日のパーソナリティを(根本)要ちゃんがしており、チャゲあすとほぼ同時に、スターダストレビューを聴き始めた。

生まれて初めて行ったライブが、スターダストレビュー(厚生年金会館中ホール)、そしてその1週間後、チャゲあすの大阪城ホール。

チャゲあすは「万里の河」と「モーニングムーン」の間でヒット曲がなかった頃なので、そのときの「城(じょう)ホール」も埋まっていなかったように記憶している。

「自分たちが『いい』と思う曲が売れない」ことに、当時のチャゲあすは悩んでいたらしいけど、後に彼らが売れてから、その売れてなかった頃の曲を聴き出したファンもたくさんいるだろうから、「手抜き」していなかったことは無駄ではなかったろう。
僕らのように、その「売れない」曲を買ってたファンもいたわけだし(笑)。


チャゲさんと飛鳥さんが出会ったのが「運命」なら、深夜ラジオを僕が聴き始めた頃にチャゲあすと要ちゃんがパーソナリティをやっていたのも、僕にとっては「運命」だった、と今ならそう思う。

そのときチャゲあすと要ちゃんがヤンタンのパーソナリティをやってなかったら、僕は彼らの音楽と出会わなかったのだから。

そうなると、高1、高2の音楽のテストでチャゲあすの弾き語りをみんなの前で披露することもなかったし、

それをきっかけにして水泳部でバンドを組んで、高3の文化祭でスタレビのボーカルをすることもなかった。

ならば、大学で音楽を始めようと思わなかったかもしれない。

それがなかったら、嫁と音楽サークルを通じて知り合うこともなかったのだ。

かわいいかわいい娘らはこの世にいなかったかもしれない。


ここまで書いたら、何を大げさな、というように聞えるだろうけれど、やはりそれは「運命」だった、と今なら確信する。


最後に、飛鳥さんがファンに充てて、当時の「バンドブーム」という背景の元、自分の気持ちを綴った曲「LOVE SONG」を記して今日の日記は終えよう。


明日からもずっとずっと、大好きな嫁とかわいいかわいい娘らが、健康で元気で幸せでいられますよう、神様、どうかどうかよろしくお願いします。



 LOVE SONG  詞・曲 飛鳥 涼


 聴いた風な流行(はやり)にまぎれて
 僕の歌がやせつづけている
 安い玩具(おもちゃ)みたいで君に悪い

 ひどいもんさ 生きざまぶった
 半オンスの拳がうけてる
 僕はそれを見ていたよ 横になって

 君を浮かべるとき SOULの呼吸が始まる
 胸に息づくのは 君へのLOVE SONG

 抱き合うたびにほら 欲張りになってゆく
 君が想うよりも 僕は君が好き
日記 | 投稿者 スプンタ・マンユ 01:26 | コメント(0)| トラックバック(0)
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